「捨児」(芥川龍之介)

母子の愛情だけは神聖にして侵すべからず

「捨児」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集4」)ちくま文庫

門前で捨子を見つけた住職は、
そのまま我が子のように育てる。
その一方で生みの親に
会わせてやりたい一念から、
毎月の説経の日には
決まって親子の情愛の大切さを
説いていた。ある日、
一人の女が訪ねてきて、
「私はこの子の…。

世の中を斜めに見た作品の多い
芥川龍之介ですが、
本作品は純粋な人情ものです。
一人者の和尚が男手一つで五年間
捨児を大事に育てるのも人情なら、
我が子を捨てた母親が
涙ながらに引き取りに来るのも
人情です。
本作品には、アイロニーな視線や
皮肉交じりの嘲笑といった、
芥川のいつもの「毒」は見られません。
純粋な人情ものです。

冒頭の粗筋は、
文庫本にしてわずか九頁に過ぎない
本作品の、前半部分の要約です。
本作品は、
前半は「客」の口から語られた、
和尚と母親の五年間の顛末が、
後半は「客」と「私」による会話から
成り立っています。
前述したように、
そこに「毒」は見られませんが、
芥川特有の「仕掛け」は
二重三重に施されています。

一つは、後半の始まりに
すでに仕掛けられていました。
「その捨児が私です。」
「客」が語った「捨児」は、
なんと自身のことだったのです。
そしてその直後にさらに大きな仕掛けが
施されてあります。
「阿母さんは今でも丈夫ですか。」
「いえ、一昨年歿くなりました。
 しかし今御話した女は、
 私の母じゃなかったのです。」

捨児が生みの親と出会ったと思ったら、
実は違っていた。
後半部は
「客」と「私」のやりとりの中から、
意外な真実が
浮き彫りとなってくるのです。
ぜひ読んで確かめてください。

仕掛けのもう一つは終末部にあります。
「前よりも一層なつかしく
 思うようになったのです。
 その秘密を知って以来、
 母は捨児の私には、
 母以上の人間になりましたから。」

「客」のその一言だけでも
読み手の感情は十分に高まるのですが、
芥川はさらに気の利いた一文を
最後に添えています。
「客はしんみりと返事をした。
 あたかも彼自身子以上の
 人間だった事も知らないように。」

何度読んでも
爽やかな気持ちにさせられます。
ネット上を検索しても、
その爽やかさゆえか、
本作品の朗読データを載せたサイトが
いくつか見つかります。

そういえば谷崎潤一郎の作品にも、
「母子の愛情」を描いたものには
エロスやサドマゾ的要素を加えず、
純粋に美しく仕上げようとする傾向が
見て取れます。
明治の文豪たちには、
母子の愛情だけは
神聖にして侵すべからずという
暗黙の了解があったのかもしれません。
芥川の純粋な人情もの、いかがですか。

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(2021.8.12)

MojpeによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「捨児」(芥川龍之介)

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